カンディ
2001年7月25日


到着翌日。
心地よい起床と思いたいがやっぱり体は疲れている。
12時間も移動すりゃあ疲れも残るものだ。

寝ぼけ眼に冷水をぶっかけ、頭を叩き起こす。
メシは何を食ったかなんては覚えてない。

しかしここは涼しい。
さすが高地にあるだけはある。

この4年後、エクアドルはキトに行くわけだが、標高が高くなるととたんに気温も下がるものだということを痛感したものだ。
赤道に近いにも関わらず随分とすごし易い。
まあ、キトは日差しは強烈なれどすごし易い通り越して寒かったが・・・
ちなみにキトは標高2600m。ちょっと走れば途端に息が切れる高度だ。

とりあえず博物館があるそうなので行ってみる。
スリランカ最後の王朝、カンディ朝が使っていた王宮をそのまま博物館にしたそうで、
遺物・宝物が展示されている。
しかし、こうしてみると豊かな王朝だったのだなと思わされる。



			<壁の仏>


			<水飲み場。日本にもありますよね>





			<寺の木柱>

<高台から>



<王宮内部>

















<駆け上がる子供 >



博物館見学を適当に済ます。
てえか日本語解説が無いとさっぱり想像力が沸かないのがつらい所だ。

そうして外をぶらつく。
はて、今日はどうしようか。
今日中にここを出ればヌワラエリヤで1泊してヒカデュワでも一泊できる。
しかし、どうも今日はお祭りらしい。
その辺でビラを配っていたのでそれがわかる。
んじゃあまあ、今日はのんびりするか。
なんか話に聞くと象のパレードも見れるらしい。

というわけでぶらつく。
途中、なんか地元の舞踏学校主催の伝統舞踊が見れるとのことで
そこにたちよる。
中々にかっこいいが、こういう写真は非常に撮り難いのが難点だ。


                            <舞踏の様子・・・失敗写真の典型・・・>

外に出るとファイアーダンスをやっていた。
なんか定番芸も入っていたので観光客向けなのかもしれない。
まあ、他じゃ滅多に見れない火跨ぎもやっていた所を見ると、一応伝統芸能なのだろう。
そういえば火跨ぎは日本じゃ修験者かなんかがやってる荒行だ。
仏教と一緒にこういうのも輸入してしまったのかねえとつくづく思ったものである。


                                        <火跨ぎの荒行>


                                        <まあ、定番です>

ダンス見物をした後、スリランカの伝統的な刺繍の工場を見物し、
10$でそれを吹っかけられたがまあいいや思わず購入し、

街中をぶらぶらする。




                                                                    <イスラムの女性>


                                        <地下の市場>





                                                             <稼動中の古ぼけたバス>

しかし、街中を歩いていると、警官がやたら目に付く。
お祭りだからだろうか?

そんな風に考えながら歩いていると一人の青年に話し掛けられる。
私のような東洋人旅行者が珍しいのだろう。
色々なことを尋ねられたが、一番印象に残っているのは彼がLTTEについて話したことだろう。
発端は私が試みに「タミル人についてどう思うか」と尋ねたのが発端だった。
聞いたところによると、父上をLTTEのテロによって亡くされたらしい。
彼らを悪し様に言っていたが、悪いのはLTTEであってタミル人ではないと言っていたのが印象的であった。
こういう理性的なことを青年が言うのだからそのうちこの国もよくなるのだろう・・・

そういえばやたら学生にジロジロ見られたのを思い出す。
きっとカンディに修学旅行に来た学生なのだろう。みんな物珍しそうに見ていたものだ。

こうして、お祭りの時間が近づいてくる。






                                                             <お祭りに参加する象>

そうしてお祭りの時間がやってきた。
パレードが中心らしく、そのパレードが通る場所には人が集まり、私も地元の人に混じって見物することにした。
だが、パレード本体は、カメラにストロボが無いため写真撮影ができなかった。
やっぱストロボが欲しいと思ったものだ・・・


                                                             <お祭り開始前の様子>



               <騎乗警官隊 イギリス植民地時代の名残だろうか>



<隣の観客>                                          


                    <女性警官 撮られた後の彼女は苦笑していた。>


ダンスは中々格好がよく、我々が四六時中目にするダンスとは些か毛色の違うものだった。
この動作を誰かが別のものに取り入れれば面白いものができあがるのではないかと思ったものである。

そうして祭りも終わろうとしたとき、既にあたりは大雨になっていた。
観客皆土砂降りの中を帰ることになり、私も、周りの人々もぐしょぬれになったのを思い出す。
隣に座って一緒に色々話してたオヤジとも別れ、宿に帰りつく。

腹も減り、宿の近所の飯屋でテレビを見ていると、コロンボの空港がテロにあったとのニュースが出ていた。
そのときは大して心配もしていなかったのだが、後で聞くと、まあエラいことだったらしい。
まあそのあたりは帰国時の話にすることにしよう。

なんでそんなことが判ったというと、ここのレストランのオヤジ、日本に出稼ぎに出ていてそこで稼いだ金で
このレストランを開店したらしい。
そのニュースはそのオヤジが日本語で解説してくれたのである。

明日はここを離れよう。
ヌワラエリヤ→ヒカドゥワと移動する予定だ。
地図を見ればこれが1日の経路としては無茶な動きだというのは重々承知であるが、
時間が無いリーマンパッカーではやむをえないのだよ・・・




<次へ>