ポロンヌルワ〜カンディ
2001年7月24日



朝7時。
目が覚める。

ここんとこ四六時中動きっぱなしの毎日のわりにはきちんと起きる。
仕事してるとあんなにきつい朝の起床が、旅の最中だとそんなきつくないのは不思議である。

今日はカンディへ。
私は結構列車好きである。
なので一応はその国に列車があれば乗ってみたくなるのである。
よってカンディまで列車で行けるようなので、列車を使うことにした。
列車の出発は朝8時半。
駅までは、多分歩くだろう。
だから6時半には起きて、7時には宿を出る。
清算を済まし、駅までの道のりを歩いていった。

しかし、なんかなあ、この国は・・・
歩いているとすぐバスが止まった。
昨日と同じパターン。

「いいから乗ってけ」

どこに行くんだ?
ふーん。
このバスコロンボ行きなんだがな、乗ってかないか?
いや、列車が好きなんだ、だから列車で行きたいんだ。すまんのう・・・

バスの乗員はどことなく寂しそうな顔をしていた。
けど、きちんと駅まで送り届けてくれた。
金銭バクシーシは無し。
いい人らなのだろう。

そうして思ったよりはるかに早く駅に到着。
切符を即購入し、駅にてぼへーっと待つ。
まだ朝だというのに日差しは容赦なく照りつける・・・

スリランカはやたら警官の姿が目に付く国だった。



					<駅の様子1>



					<並ぶ警官達>

そうして出発。
和やかな列車の旅という言葉がそのまま出てくるような情景だった。
機関車はカナダ製らしい・・・



					<運ぶ機関車>


					<朝方の列車>



					<座席から>


					<車窓の親子>


				<車内の様子>




 				<車外から>

列車は途中で乗り換え。
来た列車はピカピカな中国製の列車だった。
姿形は日本の地下鉄だが、電車ではなく汽車なのが異様さを感じさせる。
しかし、乗降口に足を出して外を眺める行為は日本では決してできない行為である。





						<中国製の汽車>

そうしてさらに旅は続く・・・

しかし、いくら真新しい車両になったと言った所で空調なぞあるわけがなく、
暑いままなのだが、吹きっ曝しの車両の中、それなりに快適である。
乗降口からのんびりと眺める風景はこんな感じである。
こういうのを見ていると、列車に乗ってよかったと思うのだ。


						<乗降口から>

						<踏み切りを渡る>

					 <乗降口から2>
こういうのを乗ってると、なぜか人が身近になるのだろうか。
中にいる客と話すこともある。
コロンボに行く学生は、彼女に久々に会えるとうきうきしているようだ。
写真を見せてもらうと、彼女は華僑の子らしい。
家に行かないかと誘われたが、時間の無い人間にはそんなことはできない。
丁寧に断ると、とても残念そうな顔をしていた。
そういう人々らしい・・・


そうして、列車はポルガハウェラへ。
私はカンディへ行くので、ここで乗り換えである。
この列車はコロンボ行きだったのである。

そうして駅で列車を待つ。
カンディ行きの列車は存在するのだが、いつ来るか判らない。
その辺の人に聞いてもわからんという。
駅員は、大体この時間に来るのじゃないか、と教えてくれた。
2時間待ちらしい。

その間、駅で待たなければならないのだが、スリランカではあまり退屈しないでよさそうである。
結構話し掛けてくるからだ。

ある集団と話し、一人は韓国に行ったことがあるという。
なので
「おーい、警察さん、この人北朝鮮(北も南も同じKoreaなのだ)のスパイだよ!」
と冗談を言って笑ったものだ。

しかし、待てども待てども列車は来ない。
そうこうしているうちに、もう4時になる。
できればカンディには日が暮れる前に着きたいのう・・・

仕方ない、列車が来る雰囲気無いのでバスに切り替える。
駅員さんにバスの発着口(といったって踏み切り傍に停留所がある)


 			<停留所の婦人>


で、カンディ行きのバスを捕まえ、カンディに着いたのは夜の6時。
宿に着いたのは7時も回った所だった。

随分と遅くに着いてしまったのである。
泊まった宿の名はピンクゲストハウス。
名前こそいかがわしいが、スリランカじゃ珍しい情報ノートもある、きちんとした宿である。
ここでやっと一息ついたのだ。
ああやっとついた。
しかしここは涼しい・・・・赤道近いとはいえ高度上がるとこうまで涼しくなるのかと思ったものである。




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