コロンボ 〜ツリンコマリー
2001年7月22日


蒸し暑いバスの中、 日差しがカンカンと照りつける中、バスは進む。
エアコンバスもあるらしいのだが、私が乗ったバスにそんなものは無かった。

ツリンコマリーまで7時間。バスに当然便所は付いてないので便意をもよおしたら愛と勇気で耐えなければならない。
まあ途中休憩もあるのでそれについては安心していたが、目指す先は内戦地であるから多少は心配だった。
だが、周りの景色はそんなの杞憂だという如くのんびりしており、
休憩地の周りはそんな張り詰めた気配は微塵も無い。


			<休憩中の風景>
だが、出発して4時間、もう半分来たかなと思ったその時、バスは辺鄙な所に停車する。
そう、検問所なのだ。
スリランカの地図をよく見れば判ると思うが、東部の主要都市(?)は三つ。
ツリンコマリー・バティカロワ・ほとんど南部のハンバントタであるが、
このうちバティカロワはLTTE支配区域であり、ツリンコマリーは政府が占領している東部主要都市の一つなのだ。
そしてそこに向かう幹線は当然重要ルートであり、警戒が厳重なのである。


			<検問所の様子>
検問所で乗客は例外なく全員降ろされる。
私も色々検査を受けたが別にやましいことがあるわけじゃないので
はいどうぞとパスポートとカバンを見せてOKもらう。
外人と一目でわかる私にはそんな厳重なチェックはなされず、
たまにノーチェックの時もあり、バスに戻るときは一番最初だった。

こんな感じの検問がツリンコマリーに着くまで5箇所もある。
我ながらまずい所に来たものだと少し後悔した。

が、これだけならそうそうビビらないのだが、道中よく見るとトーチカがあるのである。
そう、中に兵隊さんが入ってて映画とかでそっから機関銃をダダダダダーと撃ってるあれだ。

あれが、道の周りに、あるのだ。
こりゃあ・・・まずいとこに来たなあと思ったものである。


					<トーチカ>


					<これは検問所>

そんなこんなで7時間、ツリンコマリーに到着である。
ツリンコマリーはバスで見る限り、でかい建物こそ無いが人が多く、にぎわっている。
その反面、速度オーバー防止のデコボコや、兵隊がやたら目に付く。
そして街には当然トーチカもある。
臨戦体勢の街なのだ。


		   <街中のトーチカ>
だが、兵隊さんの顔は誰も笑顔だったのが印象的だった。
最近は戦闘が無いのだろう。

そして到着。
バスを降り、歩いていると宿の呼び込みに出会う。
普通は無視するのがいつものパターンなのだが、この時はなぜかついて行ってしまった。
まあ、カンみたいなものだ。

ホテル自体はここから4〜5kmの位置にあるそうだ。

名をHotelBeach。

着いてみると、ああロッジがあり、すぐ傍に海岸があり、その名の通りのホテルだった。
これでクソ重たいザックから開放される。
1週間の予定で荷物入れたはずなのに、なんでこんな重いんだろう。
いつも毎度のことながら不思議ではある。

部屋にザックを降ろし、部屋(といったって小屋)の鍵をかけ、まずフロント(といったって小屋)に行き、
まず頼んだものは・・・

ビールだ!
これよこれ!
くぁあああ!!さいっこぉ〜〜!!
これだよ、これ、やっと旅してるという感覚が戻ってきた〜〜!!
あ〜〜あ、昨日まで仕事してたのが嘘のようだ。


		   <浜辺のカラス>


		   <浜辺と子供>		


ビールを数本堪能した後、周りを出歩いてみる。
ロッジには欧米人しか宿泊客が居ないようだ。
カップルと、一人パソコンを熱心に打ち込んでるのが一人、オヤジが一人といった感じだ。
しかし、こんなところまで来てパソコンは無いよなあ・・・

と、プログラマにあるまじき思考が働いたが、
数年後、これが普通の光景になるとは誰が予想しただろう。


バックパッカーの旅の醍醐味の一つだと思っていた。
それが、薄れていくなんて誰が思っただろう・・・

とりあえずビールを一杯やり、海岸をほっつき歩く。
そこで見た光景は・・・


牛が歩いていく。

兵隊さんが歩いていく。


		   <海岸の牛>


		   <海岸の兵士>
やっぱり内戦中なのだ。

だが、その脇では犬が木陰で休んでいる。
思わず戯れる。
やっぱ平和が一番だ。

兵士こそいるが、銃声は無い。
一応平和であるらしい。


		   <戯れて遊んだ犬>

海岸をしばらく散策してみる。
ちょっと北上してみると、漁船がたくさん見えたので行ってみた。
子供達が遊んでいた。

ちょっとまじり、写真を撮り、家族皆で写真を撮り、別れた。















この写真、実は私的にすごく心に痛い写真だったりする。
別れ際に、写真を送ってくれといわれて住所を手渡された。
だが、帰ってみると、日記帳にはさんだ筈の住所が書かれた紙が無くなっていた・・・

写真一枚かもしれない。
だが、彼らにとって、みんなで撮る写真なんて滅多に無いはずだ。
送れなくなってしまったのが今でも悔まれる・・・


そして、今これを書いている2005年6月1日。
この半年前にスマトラ沖地震が起こった。
あの津波はここを直撃したはずだ。


ここに写ってる彼らは健在なのだろうか・・・
すごく、身につまされるのだ・・・







そして夜が訪れ、疲れが放出し、眠りにつく。
しかし、何か私はすることがなかっただろうか?
はて?







あ、夕飯食うの忘れてた。

おかげで夜長空腹に苦しむことになるのである。



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