サンクリストバル・デ・ラスカサス
2004年1月17日〜21日
私にとってのメキシコ最後の地
そして、平穏そのもののはずがインディヘナ達が立ち上がった地

サンクリストバルの日本人宿、ペンション・アミーゴ サンクリストバル(現カーサ・カサ)から
ここの宿のオーナー、笠置華一郎氏は、メキシコ長期滞在者には忘れられない人だ。
ペンションアミーゴ(在Ciudad de Mejico)に数年滞在し、
ペンションアミーゴといったらこの人が必ず居たそうである。
現在、氏はサンクリストバル・デ・ラスカサスにて日本人宿を経営。
はたから見るとタダの酔っ払いのオヤジだが、
ここ、サンクリストバルで政府に乱を起したサパティスタ解放戦線と実はつながりがある。
と書くと偉そうに聞こえるが、話してみると愛嬌あるやっぱり酔っ払いである。
元左翼の闘士であり、草の根活動を愛し、話すことが好きなかつての人は、いつも酔っ払っていた。
客から宿泊代をもらったかどうか忘れていることがあったが、ちゃんと今でも経営しているのだろうか・・・
上記の笠置さんは2005年
9月
12日、亡くなったそうです・・・
合掌・・・
詳細は、カサカサのページを
ご覧く
ださい。
http://www.geocities.jp/sancristobal_casakasa/
ここ、ペンション・アミーゴ サンクリストバルは、実はコロニア(貧民街)の傍にある。
ある意味本当のメキシコの姿である。
比較的安全にこういう所が見れるこの宿は、案外貴重な存在かもしれない。

しかし、貧民街といってもこのとおり、田舎の風景なのだ。
私はわずかに残る幼い心の記憶、25年前のソウル郊外を思い起こされる。
だが、街自体はコロニアル調である。
こちらがサンクリストバル・デ・ラスカサスの表の顔なのだ。
散歩中に見つけたテコンドー道場が妙に印象に残っている。
Bar Revolsion
革命と名を冠したそのバーは、私にとってよき思い出のバーだ。
街を散歩し、偶然ここに入り、そして素晴らしいライブ演奏が始まった。
素晴らしき演奏に酒は進み、進めばBarから奢られ、客にも奢られ、気が付いたら泥酔していた。
千鳥足で道に迷いながら宿に帰り、翌日は快適に二日酔いだった。
思えばよく無事に帰れたものだ・・・

しかし、演奏の脇はいつも同じ光景だ。

そしてメキシコを離れるため、国境に向かう。
国境へ向かう道には軍隊の行列があった。
そう、ここはチアパス州。
1994年の蜂起以来、未だサパティスタ達は明日を賭けて戦っている。
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