朝4時に起き、歯を磨き、荷物を背負い、さらばと部屋に告げ宿からでる。
精算は前日済ましてあるのでこのまま出て問題は無い。

しかしあたりはまだ真っ暗だ。
真っ暗の中、重たいザックを背負い港に出る。

結構人がいる。
皆ボートに乗る乗客なのだろうか。
比較的大きな荷物を抱えている。

そうして夜が明けてきた。








しかし、5時を過ぎてもまだボートはこない。
やっぱルーズなんだろうなあ。皆に聞くが、もう少ししたら来るとの返事ばかり。
まあ、そんなものなのだろう・・・



そうして5時に遅れること40分も経った頃だろうか?
やっとボートが来た。





やってきたボートは、本当にボートだった・・・
私のザックは当然屋根の上だ。
サブザックだけ取り出し、私は船の中へ。





3日間もいたプエルトカレーニョともこれでおさらばだ。

荷物を全て積み込み、船はこの地を後にする。

もう、二度とこねえんだろうなあ・・・

そうして落ち着いた頃、前日買ったパンをほおばり やっと朝飯になる。
けど食ってるのは私だけ。みんな朝飯食った後らしい・・・


 



アマゾンを遡る。
ただひたすら・・・・・・・・・長い・・・・・・・・・・

しかし、こんなでかい川で流れがかなり速いのは驚きである。水量がハンパじゃないのだろう。





そうして最初の上陸地点に着く。
私はここがどこかも知らない。わかるのはリオ・メタのどこかだということだけだ。







ここでみな昼飯を食う。
だが、売ってるものといえばチキンくらいなもの。

こんな蒸し暑いところでチキンも食いたくないんだよなあ・・・というわけで昼飯はパス。


そうして休憩が終わり、船にもどろうとすると、初老の白人から話し掛けられる。

「中国人か?」
「いや、韓国人だ。」
「韓国人だって?俺は昔韓国に行った事があるんだぜ」
「へ?なんで韓国になんか行ったんだよ」
「・・・戦争だよ」

コロンビアは実は朝鮮戦争参加国なのは知っている。
5000人送って、900人かそこらの方々が亡くなっているのは事実だ。

かといってこんなジャングルの奥地でそんな人間と会えるとは思わなかった。
まったくの驚きである。

そういや、ホンジュラスのウティラ島の医者は、韓国軍の軍曹が知り合いだって言ってたなあ・・・
案外そういう人に限って辺鄙な所にいるのかもしれない・・・



そうして若干人を降ろしてちょっとだけ窮屈から開放された船に乗り込み、ボートは上流を目指す・・・






しかし、ボートは途中で止められる。
コロンビア軍の川上検問である。

流れの速い川の上に浮んでいるドッグだ。
中にはこのように武装モーターボートがぞろり並んでいる。



右が乗ってきたボートである。
人が立っている場所の下の木々は地面ではない。
上流から流れてきた流木である。

本当に、流れが速い所に浮んでいるだけなのだ。

他の人々は一応なんか色々チェックを受けていたが、
私はこんななりなので、パスポートチェックで終わる。

こんなゲリラなんざいるわけねえもんなあ・・・

こんな場所を2箇所ほど通り過ぎる。


  

雲行きが怪しくなってくる。と思ったら、



スコールが降り始めた。




あたりはアマゾン。こんな所でもドンパチやったりするのだろうか・・・





そうして、日も暮れてくる。
そろそろ最初の目的地、プエルトプリマベーラだが、まだ見当たらない。
私は最初、川沿いのどっかにでもあるんだろうと思っていた。


だが、そうじゃない。
ボートは明らかに別の水路に入っていく。
なぜボートが早朝に出たか、納得がいった。

明るくないと、プエルトプリマベーラへの水路が見つからないからだ。

気がつけば当たりは真っ暗。
ボートの運転手も、途中ボートを止めて慎重に進行方向先を決めている。
いったん迷うとかなり性質の悪いことになるのだろう。

そうして周りはホテイアオイだらけになり、ボートは進行に難儀しだす。
そのうち乗客もそろってホテイアオイの掻き分けを手伝う。

そうすると、向こう側に、明かりが見えた。
多分、あれがプエルトプリマベーラだ。
プエルトプリマベーラは、おそらく川沿いの三日月湖のほとりにある町なのだろう。

ボートはホテイアオイを掻き分けつつ進み、やっと19:30、到着する。

13時間半、ボートほぼ乗りっぱなし。お尻が痛い・・・・・・・









そうして上陸。雨の中、みなそれぞれ別の道に。
メインザックは先程のスコールでぐしょぐしょだった・・・

ボートのおっちゃんに、明日のボートの出発時間だけを聞いておく。
朝4時半、またかなり早い。
しかしこのボートを逃したら、私はここに1週間とかの単位で閉じ込められるかもしれない。


濡れたメインザックをかつぎ、私は宿を探した。
しかし、昼飯も食っておらず、ましてや朝もパンだけ。
腹が空いていた・・・

しかし幸運なことに歩いて10分ほどのところに宿をみつけた。
雨も降っていて、他の場所何ざ見つける余裕も無い。

部屋は虫が乱舞し布団の上はぽつぽつと数個鼠の糞があったが、
コックローチが乱舞するわけでもないので別のOKとする。

そうして飯屋を探し、12時間ぶりの飯を取る。生き返った・・・
しかし、こんなところに東洋人なんざ珍しいんだろうなあ、ジロジロよく見る。
こっちこいなんて言われたけど、疲れてはいよアディオスでさようならだった・・・

体は冷え切っていたが、熱帯地域の風呂なんざ水風呂だ。
汗はだくだくだったので根性で入る。

明日発つからと宿のおばちゃんには言い、早速精算をすます。
午前4時半ということは、3時半起きか・・・・

しかし、せっかくこんな所に来たのだから、真昼の町の様子も見たいものだ。
だが、ここボート逃すとどうなるか判ったものじゃないからなあ・・・









そうして夜も明け、



周りを見るに、エラい所に来たものだと思い知らされる。






ボートを待っていると、兵隊がぞろぞろとこっちに来た。
荷物検査するからということで、みな荷物を自分の手で開けて兵隊に見せていた。

私の場合、ザックを見て私を見て、「OK」だった。
周りも水浸しで開けること考えたらめんどくさくなったのだろう。
しかし、こんなのあるなんて物騒なものだ。





というわけで出発である。もう時計は5時を回っていた・・・


    





網にかかった魚を別の漁師に渡しているようだ。そんなサービスもやってるらしい。











そうして、昼間の1時を周った頃、ビーヤビセンシオ近郊の町に到着した。

長かった・・・

ここでバスを乗り換え、コロンビアの首都、ボゴタへ。
やっと通常の旅行者の通るメインルートへ合流したのである。

バスは山を登り、谷を越え、ボゴタへ突き進む。

日もどっぷりと暮れ、道がなだらかになったと思い、
前を見れば、そこはSFのような光景だった。

眼前にあるボゴタの光景はまさしくそれ以外形容しようがなかった。



夜8時も周り、ほぼ日本人宿と化しているホテル・アラゴンに向かう。
そこではグァテマラ以来の懐かしい顔ぶれが私を待っていた。



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ここの情報が欲しい人へ:
ホテルアラゴンの情報ノート2冊目先頭(だって俺が買ったんだもの)に、ここの情報を書き記してあります。