ペルキン〜エル・アマティージョ、ホンジュラス入国

3月22日〜24日

1990年代初めまで、エルサルバドルには内戦の嵐が吹き荒れていた。

現在の与党ARENA支持する富裕層に貧困層が反旗を揚げた内戦だった。
反旗の名はFMLN、ファラブンドマルティ民族解放戦線。

その構図は内戦終結後の現在も大体似たようになっているが、
当時大統領選に遭遇した私の感想では、
現在はもう地方vs都市部といった感じの方が近いのかもしれない。

そしてここ、ペルキンはFMLNの拠点となった場所だった。

町自体は田舎町だが、拠点が博物館となり現在展示されている。
このような展示を与党が許しているのだから、エルサルバドルは平和になったのだろう・・・







ほんとに田舎町であるが、よく見るとARENAとFMLNの旗がこっちゃに展示されている。
本当に平和になったのだなあとつくづく痛感したものである。



大統領選に出馬したFMLNの党首のポスター。
ニコニコしているが、本当はおっかない爺さんに違いない。
内戦時代のゲリラの司令官だったのだから・・・



博物館に行ってみる。
内戦時代使われた武器等が展示してあった。
ここは放送室。

内戦中エルサルバドル全土に放送していたらしい・・・





機材の一部はSONY製、しかもベータだった。
皮肉でもなんでもなく、日本製品は内戦にも一役買っていたりする。




      




AK47・M16・パンツァーファウスト3・ボルトアクション小銃、使えればなんでもござれである。
ちなみにボルトアクション小銃は市内に結構でまわってるようだ。
どうして知ってるかって?
ラ・リベルタで引越しの手伝いしたときに旦那さんが持っていたのである。

ちょっと触らせてもらったが、ボルトって引くの結構重いことを体感する・・・



内戦時代のポスター
左は間違いなく時のアメリカ大統領、ドナルド・レーガンその人であろう。

日本から見るとロン・ヤスなどと言われるように、随分親近感のある大統領だが、
ここではこの通り悪魔のような扱いとなっている。



FMLNの名前の由来となった、ファラブンド・マルティその人の写真。
冴えなさそうなおっさんだがやっぱり怖いに違いない。



FMLN本部のあった建物だ。
まさか当時からこんな派手なペイントはしてないだろう。
してたら即空爆の対象である・・・



翌日、サンミゲルの町に戻り、エルアマティージョの国境よりエルサルバドルを後にした。

思えばつらいことや嫌なことが、滞在日数が少ないせいもあるのだろうが、
ほとんどなかった国である。

もう一度、行くことは・・・おそらく無いだろうなあ・・・
けどもう一度行っても・・・知り合った人忘れちゃってるだろうし、もうしょうがないだろう・・・

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