ラパス
7月21日〜7月28日
世界で最も高い場所にある首都。
その標高3900m。富士山より更に高い。
だがそこで人々が生活し、サッカーまで行われている。
谷間にある町で道は坂ばかり。
ちょっと歩くだけで息が切れる。
だが、それが当たり前になるものだ。
宿の人間に寝息がうるさいと言われたが、いびきでもないのにうるさいとは心外である。
標高高いということはそういうことなのだ。

コパカガーナからラパスへ。
最後のチチカカ湖。


バスはフェリーに乗せられるのはよくある交通手段だ。
私の荷物も当然あの上である。

アルマダボリビアーナ。
完全な内陸国であるボリビアにある海軍である。
おかしいことこの上ないが、130年前までボリビアにも海はあったのだ。
それがチリ・ボリビア間で行われた太平洋戦争
(中南米でGuerra de Pacificoといったら日米戦ではなくこっちを指す)
によりボリビアは海側領土を全て喪失、結果文字通りアンデスの山脈の向こうに追いやられてしまう。
この当時、ボリビアはその兵質から強国とみなされていたが、連戦連敗だったらしい。
まあ、山の上にいるから体力強そうだが、この後私も知ることになるのだが、
山の上に育った人間は下界が「体質的に」苦手になるのだ。
連戦連敗の理由もおおかたそんな所だろう・・・
おかげでボリビア人の対チリ感情は未だ良くなかったりする。
しかし、無敵艦隊ねえ・・・Armadaねえ・・・

草原を抜け・・・

大地が陥没したかと思ったら町が見える。
これがラパスなのだ。

街中。結構モノで溢れており、その物価の安さは南米一である。
ここでフィルムをたっぷり仕入れておく。
ISO200フィルムで一本200円以下で買えるのはここくらいなもんだ。
おかげでアメリカに着くまでフィルムに困ることは無かった・・・

物価が安いということは、郵便物の送料も安い。
ここで今まで溜め込んできたフィルムを現像だけして日本に送り返す。
今まで多少現像してプリントしてきたが、ネガはどうしていたかというと、
みんなメインザックの中に溜め込んでいたのだ。
折れないように、大事に背もたれの隙間に格納していたが、それでもおっかないものだ。
要らない衣服もふくめ日本まで船便で、4kgで2000〜3000円。
安いもんである。
あとは古着市などでフリースや股引、手袋などを入手。
フリースが一枚5ドルとほんと安い。
パタゴニアでも5〜15$(ただし数年前の型落ち)と安いのだ。
なんでかっていうと、援助物資の横流しなので、元手が掛かってないからである・・・

火星に大規模な町ができたら、こんな感じになるんだろうか。
そう思える町だった・・・

ボリビアは、おそらく世界で最も登山が安い国でもあるだろう。
装備レンタル・ガイド込みで100$、これがネパールだったらどうなるだろう。
ワイナポトシ、6088m。
これがたった100$だ。
あとは自分の体力次第だが・・・

スタートは4300mから。
だから、結構誰でも登れると思う。
期間も一泊二日で登頂可能だ。
しかし、ここまで来ると空は青を通り越す。


登頂開始地点
ここから車を降り、登っていく。
標高5000mは私が耐えれる場所なのか。
甚だ不安を覚え登頂を開始したものである。
もっともテントや寝袋、食材など重い装備はガイドさんが背負ってくれるんだけど・・・

果たして私はあそこに登ることができるのだろうか・・・

しかし、息が切れる。
途中休憩を挟むが、
休憩というより、息が元通りになってくれるまで待ってもらうといったほうが正しい。
体力的な疲労ではなく、
「すまん、ちょっと・・・」
が結構多かったと思う。

氷河が見え出す。
ここから先は、石ではなく雪との戦いであると言うことを暗示しているようだった。

一度下界を振り返る。
ほんとに、俺、戻れんだろうか・・・

雲も登ってきた。
今日のベースキャンプは標高5200m。
5000mが近くなってきてるのだろうか。

夕方になり、ベースキャンプに到着。
翌日1200より登頂開始するらしい。
ここで飯、コカ茶などを食し、明日に備える。
見ての通り、結構登山客は居るのだ。
そりゃあ100$以下だし・・・
ちなみに100$というのは個人で登る時の料金。
団体であるならもうちょっと安くなる。
なんでそうしなかったかというと、
単に欧米人のペースについていくだけの体力が無かったからだ。
あの歩幅に私の短い足がついていける訳が無い・・・

夜中1200に、一通りの飯をすまし、登頂開始。
途中、こんなところを数回越える。
しかし息が切れる。
今、標高何メートルなんだ・・・

前の明かりは登ってる人のヘッドライトである。
しかし、アイゼンというのは不思議なもので、
こんな場所でもすいすい登れてしまう。
だから・・・・
まだいけるんだと思えてしまうのだろうなあ・・・

本当は夜明けに頂上に着きたかったのだが、夜が明けてしまった。
頂上までの最後の雪渓。
正直つらい。
ここまで来る間でも、限界かと思った。
だが、生来の負けず嫌いが災いしてか、ここまでこれた。
本当は限界を感じたら撤退しなければならない。
だが、負けたくないのだ・・・
俺はまだまだなんだと思う。






夜が明けきり、今まで見えなかったものが見える。
自分がどんな場所を通ってきたのか、身に染みる。

帰り際わかったことだが、クレバスが実に多い。
ほんと、ガイドなしで来たら最悪はまって死に至るかもしれない。

頂上に至る、最後の雪渓。
よく俺登れたな・・・





そうして、無事下山する。
よく、本当に、登れたものだ。
それと同時に肺活量の少ない私に耐高山性があってびっくりする。
そう、6000mは私が可能な場所なのだ。
そして、私は6000mを越えたのだ。
嬉しかった、本当に・・・
これらとあわせて、ラパスには計1週間ほど滞在する。
毎日郵送だ現像だなんだとやってたのでのんびりしてたと言う記憶は無い。
そうして私は西を目指す。
めざすはボリビアのジャングル地帯、ルレナバケ。
その一歩としてコロイコまでの自転車ツアーを申し込む。
そう、有名な世界で最も交通事故の多い道を自転車で下ろうというものだ。
通称デスロードツアー。
はたしてどうなることやら・・・
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