ラ・リベルタ
3月17日〜21日
ほんとはすぐ出るはずだった。
ここに来たのは単に、グァテマラはペンション田代で知り合った人間にここを薦められ、
私より先に出た人間がまだここにいるのかどうかを確かめるため。
思いの外いこごちがいい。
海外で他人の引越しなんざ手伝ったのは初めてだった。
宿の隣がちょうどサーフィンボードの修理屋さんで、宿の前でボケーとしてると、
地元のサーファー連中やおやじさんと懇ろになってしまったのである。
また、丁度この頃エルサルバドルの大統領選挙があった。
公共機関もあまり動かず、おまけに民衆がどんな派手な行動に出るか判らない。
そんなこんなで動けなかったというのが正直な所。
色々あった4泊5日だった。
もっといりゃよかったかな?
グァテマラで一月過してしまったこともあるし、じっとしてられなかったのよ・・・

宿から歩くとすぐ海がある。
サーファーによると、ここは中々いい波らしい。
下手に突っ込んで沖に流されそうになったので、それは確かなのだろう。
死ぬかと思ったほんと・・・

宿である。
2階が部屋で、1階がププーサ屋になっている。
ププーサとは、トルティージャの中にチーズや肉を入れたエルサルバドル名物の食べ物だ。
ここ以外じゃ食える所といったらニューヨーク以外私は知らない・・・

こんな感じでいっつもぼけえとしていたのだ。
もちろん私の場合は机の上に必ずビールかラムが載っている。

宿のおばちゃんがププーサを作っている。
ププーサ、結構おいしいもので、醤油つけてもわさびつけても結構いけるものである。
コチュジャンもつけてみたが、味負けしてこちらは意味が無かった。
ちなみに地元の連中にわさびの付いたププーサを食べさせてみた。
慌てて吐いていた・・・
こいつら絶対寿司は食えんだろうな・・・

よく遊んであげていた、宿の隣のサーフィンボード修理屋のお嬢ちゃん。
大きくなったら大いに期待できそうだが、修理屋のおかみさんは20代にもかかわらず
大いに太っていた。
この辺の風習で、嫁さんは太らせなきゃいかんらしい・・・
ちなみに結婚当時の写真も見せてもらった。
はっきり言って詐欺以外の言葉を思いつかない・・・

2004年当時、韓国籍の場合はホンジュラス入国の際にはビザが必須だった。
だから当時危険なことで悪名高かった首都サンサルバドルに用事があったついでに
エルサルバドル国際空港に足を伸ばしてみた。
何かに似てませんかね。
ちなみにここ、日本の援助で作られた空港です。
成田空港って昔こんなんじゃありませんでしたか?
ちなみにサンサルバドル、あんまり危険は感じなかったことは確かだが、
私が鈍感だっただけかもしれない・・・
エルサルバドル人の笑顔に騙されたのかねえ・・・
けど実際被害は聞くので間違いなく危険ではある。

ラ・リベルタの傍の漁港に行ってみた。
こんなのも売りに出すのかねえ・・・
ちなみにここで魚介類がかなり安く手に入る。
魚が捌ければ天国に違いない。


そんなこんなで大統領選挙が始まった。
与党ARENAvs野党FMLNの対決である。
(他にも2・3政党があるが大方この二つで埋まる)
ARENAは、エルサルバドル内戦前の政権が作った政党である。
一方、FMLNは「ファラブンド・マルティ民族解放戦線」、かつて内戦を引き起こしたゲリラグループが政党に転じた姿である。
投票者は各地から投票所にはせ参じていた。
ARENAは高級そうなワゴン車にて、
FMLNは写真の通り地元のバスにて。
各政党の支持層が判って面白い・・・


投票所は人でごった返す。
だがそこには内戦の面影は無く、ARENA支持者、FMLN支持者でいざこざなどは存在しない。
平和とはこうあるべきであろう。

投票箱前でもきちんと並んでいる。
混乱は無い。

そうして、選挙も終わった夜のこと。
与党ARENAの勝利が伝えられた。
支持者は街中でパレードである。
そりゃあね、FMLNが貧乏人の政党だからといって、
通貨コロンの復活はよい。
(エルサルバドルは現在通貨が米ドルです・・・。面白いことに本国アメリカでは滅多に見ない1ドル貨幣をよく見ます。)
だが、キューバとの国交樹立、反アメリカはまずいでしょう。
しかし、修理屋のおかみさんいわく、
「どっちがなっても我々には関係ないよ」
だった。
パレードに興奮する人間も居れば、冷めた人間もいる。
この後引越しを手伝い、地元の若者共と酒を飲み、
名所も何も無い所であっというまに4泊が過ぎ去ったのである。
毎日ラムばっか飲んでいた私は、「ロン」(ラム酒のこと)という名前になっていた・・・
若人連中がマリファナを勧めてきても
「俺にはこれがあるさ」
とラム酒を取り出し、飲ませる。
「うえ、お前こんなのよくのめるなあ・・・」
そんな毎日だったのである。
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