クスコ、そしてアグアスカリエンテスまでの道
7月10日〜7月17日
南米最大の見所、マチュピチュの玄関口。
標高が富士山よりも上にある町。
それがクスコ。
よくもまあこんなたっかい場所に町を造ったもんだ。
普通の人は高山病となるが、いい加減高い所を渡り歩いてきた私には関係が無かった。
高山病なんてのは慣れなのだと思う。
バスターミナルから宿まで4km、緩やかな上り坂なのだが27kgのザックを担いで歩いても別に疲れもしなかった。
元々肺活量が小さいので息は荒いのだけどね・・・

町自体はどこにでもある町だが、空が実に青く暗かったのだけは覚えている。
ここまで上がるとそんなものになるらしい。

しかし一歩奥入ると田舎の光景になってしまうのもよくありがちな風景だ。

こういう場所に来ると、夜景が綺麗なのだ。
クスコ自体にそんな見所はない。
いやあるのだが、正直今までと同じものが建ってるので見る気もしない。
自炊用に市場に買出しに行けば、同じような光景だが、岩塩が量り売りで売ってるのが印象的だった。
しかも100グラムで50円とかそんな値段。
日本でまれに健康食材向けにペルー産岩塩を売ってるのを見るが、実にぼろい商売してるなとつくづく思ったものである。
当時塩を切らしていたのでここで岩塩を購入。
無論そのままだと使い辛いので鑢で粉々にしてペットボトルに入れて持ち歩く。
結構粉々にするまで手間が掛かった・・・
ペンション八幡のオーナー曰く、
「鑢なんて持ち歩いてるやつ始めて見た」
まあ、そりゃあそうだろうなあ・・・
何で持ってたかって?
そりゃあ・・・そりゃあ・・・司馬遼太郎に文句言ってくんなとしか言いようがない。

クスコに二泊した後、マチュピチュを目指すためにアグアスカリエンテスに出発。
クスコ〜アグアスカリエンテス間は道路がなく、列車しか手段が無い。
だが、この当時列車の切符は運が良くないと翌日券など手に入りようも無く、
ましてや当日券なんて不可能だ。
で、どうしてたかというと、歩くのだ。
道路が無いといったって、全区間無いわけではない。
アグアスカリエンテス手前40kmまでは道路があり、そこまでならバスで行ける。
そこからどうするか。
線路の上をひたすら歩くのだ。
時速5km/h換算でざっと8時間。
丁度行くという人間が私含め5人集まった。
ちなみに二日あれば普通は手に入るのだ。
阿呆だねえみんな・・・

徒歩開始地点となる駅。
ここからみんな歩いていく。

周りはこの通り。

皆地元民向けの列車を待っている。
クスコ〜アグアスカリエンテス間の列車は昔は外国人も地元の人間も一緒にしていた。
その結果どうなったかというと、その列車は文字通り泥棒列車となった。
置き引き、スリは日常茶飯事。
情報ノートや昔の話を聞くとそりゃあ酷かったらしい。
で、ペルー政府(というかフジモリさん)はどうしたかと言うと、外人向けに列車を運行することにしたのだ。
但し料金は現地人料金の5倍くらい。
それでも20$〜30$程度なので、置き引きスリの巣に飛び込むよりマシだろう。
うまいこと考えたもんである。
しかし20〜30$は、ペルーの一般的な交通費に比べたら高いのである。
バックパッカー基準でもそれは高い。
おまけに乗るまで二日待ちだ。
だから結局歩くのだ。
セコイと言ってはいけない。
そんな金は本来「酒代」に回すべきなのだ。
え?なんか間違ったこといってる?

ほぼスタート地点である83km地点。
線路脇は地元の人の交通手段でもある。

95km地点
クスコ出発が午前7時。
この時点で午後2時かと思う。かれこれ4時間程度歩いたと思う。
しかし、バラスト上を歩くのはアスファルトや山道を歩くのとはわけが違う。
砂利のでこぼこで足の裏が痛い。
ソウルの薄い靴を履いてればひとたまりも無いのだ。
幸いソウルが比較的厚いものを履いていたのでまだ良かったが、
二束三文のスニーカーを履いてたやつは早速まめができていた。
正直以前日本で100kmほど歩いていたので、たかが40kmと舐めてたのだが、
足の裏の痛さは苦痛だった・・・
そうして午後8時、日もどっぷり暮れた頃にアグアスカリエンテスに到着・・・
みんなぼろぼろだった・・・
もーうごきたくねぇぞぉーーー!!!!
正直そう考えていた。
もーマチュピチュがなんだ!
たかが遺跡じゃねえか!(私、そんな遺跡に興味ないんですよ)
と私は思っていたのだが、
「じゃあ、明日4時出発と言うことで」
え、マジですか?
「朝方が一番いいらしいんですよ、誰も居なくて」
「ああ、そうだね、じゃあしょうがないなあ、ってあなたどうします?」
意志が弱い私が居る・・・
しょうがない、付き合うか・・・
若い子って元気ねえ・・・
当時に最後の二十代だった私は既に爺めいていたが、普段デスクワークなんだから仕方ないでしょう。
で、ぼろぼろのまま帰ってきたが、
列車のチケットは翌々日しかなかった・・・
若い連中は翌日歩いて帰っていった・・・
ほんと元気だねえ・・・

アグアスカリエンテス自体はこんな感じのこじんまりとした町だ。
ちなみにアグアスカリエンテスというのは、あったかい水、お湯、ひいては温泉という意味だ。
温泉、確かにあった。
だが、妙にしょんべん臭く、お湯も温い、というか学校のプールを改装してできたそれは、
我々が思いつく温泉とはかけ離れたものだった。
温いしか思い出が無い。

マチュピチュが傍にあるので(ここからようやくバスで行ける)
比較的賑わっている。

クスコ〜アグアスカリエンテス線の終点でもあるので色々な列車が止まっている。

マチュピチュから帰って翌日、丁度町はお祭りだった。

へんなのが一杯居るわけで、今までのフェスタとは違って、こっちがインカ特有の祭りなのだろう。

しかし、レストラン高かったなあ・・・自炊設備があればもうちょい居てもいい町だった気がするが、
そんなことせんでも客は一杯来るのでそんな手間隙をかけ無くても良いのだろう。

と言うわけで翌日クスコに帰る。
クスコに帰った後、ボリビア方面目指してプーノに移動するために、鉄道チケットを抑えるために駅に行く。
バスもいいのだが、私は移動手段として鉄道が好きなのだ。
・・・幸か不幸か翌日のチケットが取れてしまう。
もうちょっとクスコでゆっくりしたかった。
漫画もあったし。
だがおかげでボリビアにはビザ有効期限内に入れそうである。
ボリビアまで行けば、あとはチリ、アルゼンチン。
残すところ僅か2カ国。
もう少しで旅も終わるのだな、そう、寂しくなり始めた時期が来たようだった。
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