シウダーボリバル
5月7日〜5月8日
5月11日〜5月12日
サンタマルタを出た後、国境のイミグレででかい穴に落ちたために服が汚れ、
そのせいか5箇所の検問も何の問題も無く突破。
マラカイボは治安上問題があると聞いたのでその日のうちにカラカス行きのバスへスイッチ。
そして国境突破翌日でカラカスに到着。
カラカスはで、地元住民に危ないから気をつけろと言われるような、表面的には人がウジャウジャ居るだけの町だった。
その後、DC-3に乗れると聞いたのでシウダーボリバルの隣町へ。
実はエンジェルフォールは二の次で、DC-3に乗るのが主な目的だったりする・・・
だが、DC-3はエンジェルフォール方面には飛んでいないことが発覚。
かっぐりきたので隣のシウダーボリバルへ移動したのだ。
ていうか、普通皆シウダーボリバルから飛ぶのだ。
宿へチェックイン後、即効で空港へ行ってDC-3はあるかと聞いたが皆Noの返事・・・
しょうがないので素直にセスナで飛んだのである・・・
けど、初めてのレシプロエンジン機だ。
興奮しないわけが無い。

宿の一シーン。
フランス人がカナイマ(ギアナ高地麓の村)へのツアーの値段交渉をしている。
飯いらないから値段下げろとまで言うのは世界どこ探してもフランス人だけだと思う。
私「あんたフランス人か」
彼「そうだ。けど何で?」
私「フランス人はどこでも交渉するからなあ」
一同笑
彼「お前ビール何本目だ?三本?お前酒飲みすぎだ。」
ついつい酒に酔って冷やかしてしまったのである。

シウダーボリバルの空港は、主にレシプロ機で運用されている。

こんだけ大小入り混じりでレシプロ機が置かれている空港も滅多にないだろう。
ちなみにこれは離陸中のセスナから。

こんだけDC-3があるにも拘らず、みなエンジンを取り外された状態なのが惜しい。

現在も使われているソビエト(ロシア)製アントノフAn-2
ちなみに日本から最も近くでこれが見れるのは韓国の戦争記念博物館だ。
しかもこれは写真を見れば判るとおり、まだ現役である。
写真を撮った後、おもむろに聞いてみると、
ギアナ高地より取れるダイヤ等の宝石や鉱石を運ぶためにあるらしい。
一応乗れるかと聞いたら、鉱石とか乗せるからだめだよと柔らかく断られたのである。

エンジェルフォールを最初に発見した機体何かが展示されている。
リンドバーグのスピリットオブセントルイスの同形機だろうか。

空港にてツアーに申し込んだ翌日、こんなセスナが待っていた。
生まれて初めての小型機、しかもレシプロ機への搭乗だ。わくわくしないわけが無い。
ちなみにこのセスナも、後で調べて判ったのだがやっぱり古い。
確か初飛行1960年代だと思ったが、記録は既に忘却の彼方だ。

後席に積まれているのは野菜である。
世界どこ探してもセスナでこんなシュールな光景はここだけかもしれない。

というわけで遥かカナイマまで一っ飛びなのである。
カナイマより帰還後、また同じ宿で世話になっていると、
ロライマツアー(7泊8日のツアーでギアナ高地の上まで登れる)のインディヘナ系の
ガイドさんと話す機会があった。
歴史の話になり、あんたらと我々は同じなんだ、二万年前に中国へ行くのとアメリカへ渡ったのとで
分かれたんだよという話をしたら大層感激していた。
なんでも部族にそういう伝承が残っているらしいのだ。
もっとも
「賢いやつはヨーロッパに残って、阿呆なやつだけ中国に行った」
というものなので、どこまで本当かどうかなんて知るわけも無い。
是非とも家族にも同じ話をしてくれとお願いされたが、さすがに250ドルもするツアーにぽんと参加できるはずも無い。
ちょっとがっくりしていたのが今でも脳裏に焼きついている。
歴史の話になると、ここいらの人は本当に弱いのである・・・
黒人も、「我々には何も自慢できるものなんて無いわ。馬鹿だもの」と言ってのけるくらいだ。
「黒人が馬鹿だって?世界で初めて大学を作ったのはあなたらでしょう。賢いじゃないか」
と言って励ましてもリップサービスにしか受け取ってくれなかったのが痛い。
過剰な歴史は民族意識過剰となり弊害となるが、多少でもないと卑屈になってしまうのだ。
ベネズエラでそれだけは妙に印象に残っている。
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