カハマルカへの道
6月29日〜7月1日
山道、山道である。
ジグザグの、山道だ。
それがチャチャポヤスからセレンディンという、カハマルカ手前までの道である。
正直ケツが痛かった・・・
朝7時半発で、到着したのは夜の9時半、ざっと13時間だったのだ。

「トレド!もっと働け!」
当時の現職大統領、トレドに対する現地の言葉である。
フジモリさんの時と違って、何にもしてくれないといった感じだったらしい。

道中、こんな感じだ。
まるで2000年当時のラオスのようである。

昼間の12時になり、とある町に到着。
やっと昼飯である。

結構ペルーの田舎、北部は私的に好きなのだ。
チノチノ攻撃も無く、本当に穏やかな田舎なのだ。

こんな感じの田舎だったのだ。

私の乗ったバス。
当然私の荷物も上だ。
たまに上の荷物が落ちることもある・・・

この向こうにセレンディンとやらがあるんだろうか。
既に夕方3時。
いったい、いつ、俺は、というか今日中につけるのか?

バスの乗客が全員降りる。
当然私も降りる。
何でか、それは・・・

乗客積んだままだと重みでバスがスタックし、身動き取れなくなるからだ。
本当に2000年当時のラオスである。
未だ、変わってないだろうここは・・・

途中、小さな村は通るが目的地は・・・
本当に大丈夫なんだろうか・・・

日が暮れかけてきた。
山も草木から砂に変わってきたような気がする・・・
そうして、日が完全にどっぷり暮れて、夜9時にもなった頃にやっとバスがセレンディンに到着。
13時間未舗装はちょっとケツに優しくない。
いい加減痛かったことだけは記憶に残っている。



セレンディン自体はどんな所かといえば、こういう所である。
まあ、普通の田舎町だ。

なぜか、写真撮ってくれと言われたので撮ってあげる。
中央アジアじゃあ、その後俺に印刷してくれというのが定番だったが、
ここはそういうのが無いだけいいのかもしれない。

夜中になると、リオバンバ、アラウシと同じようなパレードをやっていた。
この時期はどこでもお祭りなんだろうか。

おばちゃんからも撮ってくれというので撮ってあげる。
本当に撮ってあげるだけだ。

こうして夜も更け、明日はカハマルカだ。
そこを過ぎたらトルヒーヨ。
やっと旅行者のメインルートに戻れるのである。
ここの宿で酒を飲んでいると、日本人らしき人間が居るのに気が付く。
話しかけてみると、現地の日系人だった。
日本語がまったく解らないとのことなので、英語で会話することになる。
どうも現地で会社の上司と一緒に電線工事に来たらしい。
家族も一部日本へ出稼ぎに出ているそうで、中々大変そうである・・・
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