7/28 コックスバザール〜ダッカ

朝はもう8時だ。
目覚しで起きて颯爽と荷物を準備し、チェックアウトを済ませる。
そしてコックスバザール郊外へ。

小高い丘から町を一望でき、てっぺんに仏塔が建っているとのことでそこまで行ってみる。
ただ単に小高い丘だった。


牛
                     <牛>

そこまで上ってちょいと休憩し、再度ふもとに下りてみる。
しかし、さっきから気になるのだが、どうも向こうにみえるのはバゴタではないか?

バングラディシュの仏教寺院
<バゴタを目指して>                	  


そこめがけていくと、案の定仏教寺院があった。

バングラディッシュの仏教寺院
                  <バングラディッシュの仏教寺院>


久しぶりの小乗仏教寺院だ。
ちょいと眺めてみると、中からバングラ人の少年が出てきた。
案内してくれるという。

おまえは仏教徒か、との問いだが、これはどうだろう。
私は悪いが神様を信じてない。
仏さんはブッダという人であり、偉い人だが崇める気は毛頭無い。
よって仏教徒ではないと答えたが、まあいいやということで中を見学する。


中には仏教の調度品等がある。
こういったものは各国に土着の宗教と交わって拡大した大乗仏教と違い、
みんな同じ小乗仏教国のラオスで見たものと同じようなものがあった。



寺院の中
<寺院の中>                             


見学が終わり、さあ出ようか、どうせこの坊主にはバクシーシかと思ってると、
寺院の奥からいかにもて感じの東洋系の顔つきをしたミャンマー人が出てきた。
しかし、様子がおかしい。
私を案内したバングラ人の子どもは明らかに狼狽していた。

そのミャンマー人は先ほど、そのバングラ人と同じ質問をした。
「おまえは仏教徒か」
それに答えようとしたが、まあいい、おまえは仏教徒だろうと決め付けてしまった。
東洋系はみんな仏教徒だと思ってるらしい。

まあそれはさて置きなんだが、バングラ人の子どもはそのミャンマー人の僧に弁解をしているようだ。
だが、僧はさらに怒りだし、その子どもを殴り付けはじめた。
私でも聞き取れる、そう、明らかにムスリムと僧は言った。

どうも、異教徒は入るなとのことのようだ。
ムスリムは出てけ、来るな、と怒鳴りつけ、殴りつけているのだ。
これは驚いた。
仏教ってえのは異教に対して寛大ではなかったのか?

僧はお前はいい、速く出て行けと私に指で告げていた。
そう指示されて、私はビビったのだろうか。素直に出ていってしまった・・・
私はその時体を張って僧の暴力を止めるべきだったのだろうか・・・
私は今でもそれを思い出すと心が痛いのだ・・・

しかし、ムスリムと仏教のぶつかり合い・・・
聞いたことも無かった。
衝撃的だった。
そういえば、ミャンマーから政府に追われてきた人々がバングラに逃げてきて、
おまけにその彼らがバングラ人と摩擦を起こしているとは聞いていた。
だがそれはチッタゴンの丘陵地帯でここでやってるとは思わなかった。
ようするに、そういうことなのだろう・・・

ちなみに3年後、私はミャンマー旅行をするわけだが、
そこの仏教徒からイスラムについての心情を聞くことができた。

「彼らは自分の神様を押し付けようとする。だから嫌いだ」

どうもそういうことらしいのだ・・・
これは私は誤解ではないかと思う。
現地で色々話しているが、ムスリムを押し付けられたことは一度も無いからだ。
異教徒か、そうか、でいつも終わりだった。
なぜこういうのが出てくるのだろうか・・・
未だ疑問である。

寺院の入り口から
                	  <寺院の入り口から>



その後、その寺院を後にして、ダッカを目指す。
ダッカまでは6時間だ。
長い道程だ・・・

バスの入り口
<バスの入り口から>                	  


ダッカに着いた時間はもう夜8時だった・・・
着いた場所はオールドダッカから離れた、むしろ高級ホテルが並んでる地域に近いところだった。
そこからリキシャで1時間かけてホテル・アルラザックへ。
遅い時間に着いたにもかかわらず空き部屋があったのでチェックインすることができた。

はあ、これで移動は終わりか・・・
色々あったなあ・・・
そういえば、初めは隣にインド人がいることにびびっていたのだが、
もう平気のようだ。
そう、やっと調子が出てきたのだ。
その調子が出てきたときに去らねばならないのは辛いことだ・・・

そんな事を考えながらテレビをボーっと見ていただけなのだが、
隣にいたバングラ人が、テレビの台詞を即席で英語で翻訳してくれた。

いい人達だなあ・・・・



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