7/22 ダッカ〜フェリーにてクルナへ


さすがに疲れていたらしく、起きたのは10時・・・
歯を磨き、飯をすます。
飯は朝からカレー。てえかそれしか食うものが無い。
さあ今日はどうしようか。
とりあえずロンプラとにらめっこだ。
とりあえずその国来たら博物館だろということで行ってみる。
こっから縮尺からだいたい6km、歩いていけそうである。
あとはモスクも見てみたいのでそこにも行ってみよう。
地図を頭の中に入れ、暑い中ひたすら歩くのだ。

路地裏
              	  <ふと見た路地裏>



が・・・・
おかしい、と思ったの時には大抵道に迷っている。
地図を見ながら「あれ、ここは来たはずだがここをまっすぐ行けば・・・」
なんてやってる姿はさぞかし目立ったろう。
まいったな・・・
なんてやってると地元の人に話し掛けられた。
「どこに行くんだ?」
私は素直に行き先を告げた。
「よし、じゃあついて来い」
なんか道案内してくれるようだ。
しかし、こっからじゃ私の予想では相当博物館まで離れているはずだ。
変なとこでも連れてかれるんじゃないのか。
そんな心配がよぎったがとりあえずついて行く事にする。
まあ、おおかたの現在位置は掴めているのでいざとなったら逃げればいいのだ。
心配は要らない。

その人は私にいろいろ質問を飛ばしてきた。
どこから来たんだ。この国に何しにきたのか。年はいくつか。仕事はなんだ。
ありきたりの質問である。
色々話をしているうちに、こんな質問が飛んできた。
「おまえ、バンガボンドゥを知っているか。」
バンガボンドゥ?なんかどっかで聞いたことあるような無いような・・・
思い出せなければ知らないと同じことである。
うーんと首をかしげていると、この国を創った人物であると話してくれた。
ああ!そこで納得いった。バングラディッシュ初代大統領ジアウル・ラーマン氏のことなのだ。
その旨を問いただすと彼は笑って「そうだ」と答えてくれた。
彼は随分ジアウル・ラーマン氏を誇りに思っているようだ。
彼はこの国全体の誇りであるとも語ってくれた。
どこの国でもやはり象徴のような方はいるのだろう。
それが無い国の方が珍しいのではないのだろうか。
だが、私は個人崇拝に対して拒否反応を持つことが愚かしいことだとは思わない・・・

この国のことなど彼は30分にわたり色々話してくれ、最後、
「ここをまっすぐ行けば博物館だ。」
とだけ言った。
こんだけ案内したんだ。なにか請求来るのだろうと思ったら・・・何もなかった・・・
私は彼に本当に感謝したのは言うまでも無い。
バングラ人は外人に対し優しい。
そういう話を聞いたが、そういうことだったのだ。
ある意味感動すらしたのである。
はっきり言ってこんな感情は彼らに対して侮辱以外何者でもないが、私は素直にそう思ったのだ・・・

博物館にはたいしたものは置いていない。
考古学的なもの、あとは第3次印パ戦争時の生々しい写真などが展示してあった。
パキスタン軍によるバングラディッシュ人への虐待、虐殺なども含めて・・・
私はイスラム教徒同士でもこんだけ殺しあうのかということをこの時始めて知った。

その後、リキシャにてグリスタンまで一旦戻り、モスクなどを見学し、宿に戻る。

Baitul Mukarram Mosq
<国立モスクからの町並み>              	  



気づけばもう2時だった。そろそろ明日の準備をしようとフェリーのチケットを手配しに行く。
BIWTCのチケットセンターに行く。
薄暗いビルの2階にそれはあった。
だが・・・ここでは1等のチケットしか扱っていなかっ た。
別に1等でもいいのだが、私は贅沢気分の旅行というのがあまり好きではないのだ。
だが3等は雑魚寝なようなのでさすがに気が引けたため2等に使用と思ったのだが・・・仕方が無い。
2等はここで売ってると係員は解説してくれたが、そこまでいけるか判らなかった・・・

私がそのように問答していると、先ほどから私の周りにいた客らしき人が、ついて来いと言い出した。
係員も2等のチケットが欲しければ彼に着いて行けという。
しかし、彼は背広などを着ていて、いかにもここの職員じゃない。
いいのかと思いつつ私は彼に着いていくことにした。
乗合バスに乗り、港方向へ。
バスを降り、私が金を払おうとすると、なんと彼が払ってしまった。
私が払うというと、いいという。
なんて国だ・・・

その後、倉庫の屋上に連れて行かれる。
はたしてこんなところにチケット売り場があるのか?こりゃ騙されたか?
と思ったが・・・本当にあった・・・
彼はそこの係員に説明してその場を去っていった・・・
ただの親切な人だったらしい・・・
なにがなんなんだか・・・この国の人々はいい人たちぞろいなのか?

2等船室のチケットは550tk。しかも当日、すなわち今日のチケットも大丈夫だという。
これは渡りに船だ。こっちは時間が無いのだ。即座に今日のチケットを手に入れる。
しかし、ホテルは2泊分請求されるんだろうなあ・・・

リキシャ渋滞
              	  <オールドダッカのメインストリート>



と思い、戻ってみてチェックアウトしてみると、1泊分しか請求されなかった・・・
なんかなあ・・・いい国だ・・・
その後、港へザックを背負い、歩いていく。
場所は昨日既にチェック済みだ。
リキシャの道をかきわけ歩いていく。

映画館
<映画館の前>              	  



港についたのは1700くらいだったか。既にあたりは夕焼け空だ。
ザックを担ぎ、フェリーに乗り込んでいく。
フェリーは噂通り今時本当に珍しい外輪船だった・・・本当に舷側に水車が付いている・・・
皆が注目する中を上部デッキに。
2等と思われるエリアは3等とは明確に区別されており、係員によってチェックされていた。
係員にチケットを見せ、中に入り、自分の船室へと案内される。
部屋は思いのほか綺麗だった。ベットは二つあり、案内してくれたオヤジによれば、片方には別の客が来るそうだ。
別の客と相部屋だったのである。
正直不安を感じたがまあ、気をつけてれば大丈夫だろう。基本的にこういうところに来る現地人に置き引きはいない。
しかし、この2等部屋、よく見たらデッキの上にただほったて小屋を建ててるだけなのだ。
よくもまあこんなもんでと思うがここは川の下流であり、よほどひどいタイフーンでも来なければ水面が荒れることなんて無いのだろう。

フェリーの中から1
              	  <船室から>



ふう、やっと落ち着いた・・・
クルナ到着は33時間後だという。
しかし、今回は列車などと違い船室にてゆっくりしながらの33時間だ。
クルナまでの間、何していよう・・・
デッキに出て椅子に座り、ボーっとしている。
あたりはもう夕焼けだった。

フェリーからの夕焼け
<フェリーからの夕焼け>              	  



デッキにもボーっとしている現地の人がいた。
やはり外人が目の前にいるのでぎょっとされる。
ほんと外人慣れしていないようだ・・・
こちらをちらりと見てクスリと笑って談笑している。

しかし、やっぱ船旅はいい。ずっと日が暮れるまでデッキにてボーっとしていた。
川沿いに見えるバングラディッシュという風景を見ながらボーっとするのだ。
これでビールでもあれば最高だったのだがここはイスラムの国である。
そんなものは当然無い・・・
しかし、バングラディッシュの民家はなんでこうまで川辺に作られているのだろうか。
これじゃ洪水になったら被害がひどくなるのもうなづける・・・

あたりは既に日が暮れ、真っ暗になる。
メシはやはりカレーだった。やっぱりうまい。
メシを食い、部屋に戻り明かりで本を読んでいる。
時間は20時くらいになっただろうか?
船はまた一つの港にたどり着く。
そこで乗客を降ろし、新たな乗客を積む。
新たな人がここ2等にも来るのだろうか。

船が再び出港する。
そうすると私の部屋の扉がいきなり開かれた。
どうも私の隣のベットを使う客が来たようだ。
やはり相手は現地の人だった。
相手は少しビックリしたようだがすぐ握手を求めてきた。
お互い軽い自己紹介を交わし、少し話もしたものだ。
会話の内容?もう覚えてない・・・
たわいの無い内容だったのだろう・・・

船は進み、一路クルナへ。
クルナ到着まであと29時間・・・今までの旅で一番のんびりした移動になりそうだった。



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